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自分のすべてで、ココにいるということ。

更新日:3 日前


A ball glowing on the hand


ポッシブルワールド・オンラインシミュレーションのデザインの元になった対面式のカードゲーム、2030 SDGs Gameというのがある。

私はこの2030 SDGs Gameのファシリテーターでもあるが、ファシリテーターを養成する講座を提供するトレーニングチームのメンバーでもある。

今回は台湾でこの講座を実施する機会に恵まれた。

実は台湾での養成講座実施は二回目、しかも、こちらは受講者の母語である北京語をベースに、通訳を介して行う講座。英語で行う標準版の研修は2.5日だが、通訳を挟むこと、さらに地元のファシリテーターたちと共創するということで、1日長い、3.5日で実施した。

記録をたどると、2023年2月13日に台湾チームのファシリテーターから来たメールから、この養成講座の準備が始まっている。実施の半年以上前。

今回の個人的な焦点は「共創」。これをどうとらえるか。

価値観の違い、文化の違い、講座に対する考え方の違い、関係者同士の心の距離感の違い等、様々な違いが、ごく自然に必然的にそこにはあり、それをどのような距離感でみつめ関わり、どう内包していくか、これが一番の興味だった。

去年は、通訳付きで実施するということ、台湾の運営チームとの関わり方や心の間の取り方等に、気をもっていかれることが多かったと思う。

でも、今年はそういうものをすべてソコに、ソノママ置きながら、吞み込まれることなく、断ち切ることなく、その場に関わる意識を持ち続ける、これが少しできた気がする。体の一部分、特に頭で即反応することに慣れている日常から少し離れ、否定も批判も賛同も称賛もせず、そのままをソノママ、ソコに置いておく。

これができたおかげで、一緒に講座に関わったいろいろな人とは、オモシロ・フカイ時間を共有できた。全体の場を常に奥行きを持って感じながら意識を向けつつ、詳細かつ具体的な部分にも目を向ける。がむしゃらに言葉を使って表現することに固執することなく、時には言葉なく何かを共有することができた。

もう一つ学んだことは、武道でいえば「心技体」。適宜、意図を共有し、やり方を話つつも、言葉なく一緒に動いているうちに、そこに巡るもののありがたさや価値を全身全霊で感じることができた。

そして、この自分の気づきを、臆することなく、そのまま、その場に出してみた。うまく言葉にできないので伝わらないんじゃないか、という不安さえもそこに置きつつ、今、あることを正直にそこに出してみる。自分としては、そんなことが繰り返された3.5日だった。

「ファシリテーション」という領域では、世の中にはいろいろな理論やテクニックも確立され、その気になればちゃんと学べる状況が整っている。

でも、時折、どんな想いで自分がそこに臨んでいるのか、どんな場がそこに広がっているのか、そして、誰とどのようにそれを分かち合いたいのか、こんなことに目を向けるのも悪くないかもしれない。


注:英語で挙げた記事の日本語訳です

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1 Comment


どんな思いで自分がそこに臨んでいるのか、どんな場がそこに広がっているのか、そして、誰とどのようにそれを分かち合いたいのか、こんなこちに目を向けるのも悪くないかもしれないという言葉に大きく感じるものがあるのです。

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