top of page

ブログ


自分のブレーキに気づき、緩めてみる ― 2030SDGsゲームの「その先」を見つめるポッシブルワールド体験とは
2030SDGsゲームを体験したことのある方も、まだ出会っていない方も。仮想の世界なのに、手が止まる。様子を見て立ちすくむ。言いたいことを飲み込む。ポッシブルワールドは、日常と同じ反応が無意識に現れる場で、自分のブレーキや枠に気づき、それを少し緩めてみる体験です。緩めたとき何が見えてくるかを、頭ではなく体で確かめ、可能性が肚に落ちる。この体験は、SDGsという題材に閉じず、リーダーシップ、チーム、組織、そして人生に開かれています。この夏から秋にかけての対面セッションでは、気づいても自動的には変われない「もやもや」や、世界の数字が良くなることとみんなが豊かだと感じることは同じではない、という問いが生まれました。ホストが場を参加者に預けた瞬間に、静かにスイッチが入る場面もありました。「できない」から「どうすればできるか」へ。ゲームで体験した枠の緩みは、家庭でも職場でも起こせます。日常の中で薄れたら、また何度でも。オンラインの気軽な場も活用しながら、P-Labは、世界に「自分の唯一無二の可能性を生きる」人がもっと増えることを目指しています。
9月25日


不完全さの賛美:カオスの中にある「気づき」
体験をデザインし、場をホストするプロフェッショナルは、参加者の視点に立ち、起こりうる波紋のすべてをシミュレーションする。私の中には「教育者としての性」や「母性本能」があり、危険を事前に摘み取りたい衝動がある。しかし不確実性と困難こそが最高の教師であることを知っている。今回のワークショップは90分という制限の中で「削ぎ落とすこと」に集中したが、一部の参加者が混乱を抱えたまま去ったことに自責の念が残った。「みんなに満足してほしい」という願いも、実は自分のエゴではないか。人はそれぞれのペースで成長する。種はすぐに芽を出すとは限らない。参加者は懸念をよそに自律的に動き、混沌の中から自らの「気づき」をつかみ取っていた。真の変容は、コントロールを手放した「余白」や「不完全さ」の中にこそ宿るのかもしれない。
9月22日


白と黒のあいだ。余白。断定しないから生まれる有機的な動き方
効率や結果が求められる現代社会では、パズルのピースのように隙間なくタスクを割り当てがちです。しかし、明確すぎる役割の「分担」は、時に人の「分断」を生んでしまいます。
電波の届かない大自然での4日間の家族キャンプ。そこには、マニュアル通りの「白黒」が通用しない、グラデーションのような世界がありました。未舗装の道を運転する娘を後部座席から見守り、時計の針ではなく太陽の位置に合わせてテントを設営し、火を起こす。そこで見えてきたのは、役割を明確に定義しない「未定義」の空間から生まれる「余白(Yohaku)」の豊かさでした。
スマホの画面に気を取られることなく、互いの気配を感じ取る。誰かに指示されるのではなく、全体を見渡し、自発的に手を差し伸べる。一人ひとりが自律しながらも、全体として有機的に繋がって動く——それは古来より日本人が大切にしてきた、非常に高度なシステムでもあります。
知識が「肚落ち」していくプロセスと、余白がもたらす繋がりについて綴ったエッセイ。どんな世界を創るかは、私たちの心と行動次第なのです。
7月16日


余白x論理 = グローバル・シナジー
低コンテクストな論理の明確な効率性が、日本の暗黙知である「余白」と出会うと何が起きるのか?進行中のグローバルチームの会議を題材に、視点が共存する贅沢さと、対話に「間」を招くことが真の共創において強力な戦略である理由を考察します。
7月3日


五つの文化が、一つの庭になる。シドニー養成講座で体験した、関係性を耕す余白
忙しい現代社会で見落とされがちな「余白」の価値とは。シドニーで開催した4人の少人数合宿型養成講座のプロセスを振り返る。外の状況を理由に覚悟を鈍らせていた自分に気づき、提供形態をドラスティックに変えたことで、多国籍な参加者や大切な伴走者との奇跡的な繋がりが芽吹いた。上下関係を脱ぎ捨て、お互いの存在そのものに敬意を払う「魂の並列」を体感した、実践者による内省の記録。
6月4日


何もないから生まれる:余白が導く創造とつながり
なぜ、今「余白」が必要なのか?
現代社会は、常に成果を求められ、スピードが重視される環境が当たり前となっています。そのような中で、人々が「息苦しさ」や「閉塞感」を抱くケースが増えています。
こうした社会のあり方に対し、「何もない空間=余白」が持つ力に着目する動きがあります。ポッシブルワールド・ラジオ「#47 目的を手放す勇気と、そこにある可能性」の中で、創造やつながりの可能性は、むしろ何も定義されていない空間にこそ宿る、という話がありました。
2025年5月15日
bottom of page

