五つの文化が、一つの庭になる。シドニー養成講座で体験した、関係性を耕す余白
- 6月4日
- 読了時間: 8分
更新日:6月5日

動かない予定、足りなかった覚悟
2030 SDGs Gameファシリテーター養成講座 in シドニーは、本当にひとつの「結晶」として、そこに現れたとしか思えない。
まず、自分の中で「これをやるんだ」という想いの結晶。
2023年にオーストラリアで初めて開催して以来、3年ぶりの養成講座だった。グローバルに展開するこの講座は、世界標準価格が米ドルで決まっている。現在、豪ドルは米ドルに対して弱い。ファシリテーターになることに興味を示してくれた多くの人が、まずこの価格の壁にぶつかった。これは世界統一価格であり、私の一存ではどうにもできない。何とかしたくて助成金等に応募し、少しでも参加者の負担を軽くしたいと想いを伝えたが、そこに賛同して乗ってくる人はいなかった。何度も計画を立て、募集をかけたが、最低催行人数に届かない。そのうち、ウェブサイトに載せるオーストラリア養成講座の案内は、「TBA(後日発表)」のまま、長い時間が過ぎていった。
そこに活を入れてくれたのが、この養成講座を主催するイマココラボのむらちゃんだった。
「あやさん、TBAのままだと、結局集まらないと思う。だから、いったん予定から消すことも考えたらいい」
ハッとした。
外の世界の状況ばかりに気を取られ、それを理由にしていたけれど、自分の中に本当に「腹を括ってこれをやる」という覚悟はできているのか?という問い。足元をすくわれた気がした。両足をここに突っ込んで、何が何でも立つという強い意志があるのか。講座が動かなかった本当の理由が、そこに見えた。私の覚悟が。執念が足りていなかったのだ。
動き出す感覚をくれた「4人の少人数合宿」というアイデア
そこから私がとった行動は、まず、具体的に詳しく想像することだった。
どこで?
誰と?
何人と?
最低催行人数は?
最大何人?
そこにはどんな人が集まっている?
何を語らっている?
どんな気づきが生まれそう?
この問いを掘り下げていくなかで、ひとつの明確なアイデアが浮かんだ。
「一軒家を借りて、4人という少人数で寝食を共にする『合宿型』なら、今の状況でも最高の形で提供できるのではないか」
これは、去年トレーナー仲間のアリスさん(ヨーロッパで養成講座を安定的に提供している)と話していた「ニーズに柔軟に対応するために、少人数でトレーナー1人という形態もできるのではないか」という会話とも繋がっていた。
「これだ。この形なら動かせる」
そう確信した瞬間、自分の中に一気にエネルギーが湧いてくる感覚があった。
この一連の想像が終わったとき、真っ先に一人の顔が浮かんでいた。ここ3年ほどずっと連絡を取り合っている参加者候補のKawajitさん。いつも「次の講座はいつですか」と聞き続けてくれた人だ。まずはこの人に受けてもらいたい、と心の底から思った。
すぐに彼女に連絡し、どの時期が一番都合がつきやすいか、どこなら来やすいかを尋ねた。不特定多数ではなく、まずは彼女を中心に計画を練っていくことにした。ホストとして土地勘がある方がやりやすいため、最初は地元のダーウィンで開催することにした。時期はオーストラリアの冬。ダーウィンは常夏なので、避寒にもなる。
しなやかな循環、ブラジル、インド、シドニーへと繋がる風
そうしているうちに、今度はシンガポールから問い合わせが届いた。その人はなんと、
「シンガポールでやってくれるなら、自分のネットワークを使って養成講座をホストする」
というオファーまでくれた。シンガポールはダーウィンから飛行機一本の距離。この時点で、シンガポールから興味を持ってくれている人がすでに数人いたため、場所を動かすのは「あり」だと感じた。残念ながら結果として、様々な理由からこのプランは実現しなかったけれど、ここで私は
「全身で周りの気配に耳を傾けること」
を学んだ。
しっかり掴んでおくものと、ゆるく手放しておくものがある。
固定観念にこだわらない緩さとしなやかさに身を委ねることで、動き出すものがある。そして何より、そこには楽しさがあった。緩めてみたら、もっと想像が広がった。きっと、これを体感するために彼女との出会いがあったのだと思えた。
さて、こうしていったんオーストラリアの外に出そうだった養成講座は、再びオーストラリア国内で仕切り直しとなった。
すると今度は、ブラジルから参加希望者が現れた。ブラジルにはすでに一人、ファシリテーターがいる。その彼女のイベントに参加したことがあり、世界を股にかける会社に勤めながら、サステナブル教育などで地域に貢献しているという。ブラジルからオーストラリアは相当に遠い。それでも、彼女は参加するという強い意思を示してくれた。
これで、二人が決定した。
さらに驚くような展開が続く。世界情勢を受け、アイルランドの養成講座に参加を決めていたインドの方が、急遽シドニーに変更したいと言ってきたのだ。
変化はこれだけにとどまらない。なんと講座開催の一週間前、これもまたこの3年くらい連絡を取り合っていた参加候補で、シドニー近辺に在住の方が、超多忙なスケジュールにもかかわらず、本当に滑り
込みで参加を決定してくれた。
こうして、初の少人数制・合宿型のシドニー養成講座のメンバーが、完璧な形で出揃った。
正直に言うと、目に見える結果はどれもこれも、私が計画したものより、事前に想像したものよりも、ずっと、ずっとオモシロイものになっていた。
さらに、この動きに拍車をかけるように嬉しい申し出があった。トレーニングの初日に行う一般公開イベントについて、これまで色々とお仕事をさせてもらってきたシドニー在住の友人、Richardさんが、すべての取り仕切りを買って出てくれたのだ。会場の選定から支払い、宣伝にいたるまで、丸ごと引き受けてくれた。このシミュレーション体験の真の理解者が、すぐそばで一緒に伴走してくれている。そのことが、どれほど心強かったか。心からありがたいと感じた。
日本では比較的お馴染みの「合宿」スタイルだが、個を大事にする文化への配慮も必要だ。合宿とはいえ、個の空間がしっかり担保できるよう、私を含めて寝室が5つある家を探した。
結果、開催地であるシドニー近辺に在住の一人を除く、3人の参加者と私で合宿生活が始まった。合宿組の連帯感が、通いの彼女に嫌な疎外感を与えてしまわないか、そこだけは細心の留意を払った。 しかし、これはあとになって杞憂だったと分かる。彼女の人としての「あり方」が、そんな心配を寄せ付けないものだったからだ。素直に、自然に場に溶け込める人となりだ。
事前に耕した「土壌」と、なぜ今の世の中に「余白」が必要なのか
実は今回、参加者たちの「こころ」に触れたくて、各参加者と講座の前にオンラインで数回ミーティングを重ねていた。
その時間が、確かに私たちのあいだの関係性の土壌を耕してくれていた。あらかじめ耕された土壌があったからこそ、対面の講座で、生のつながりが一気に芽吹き、花が咲き、実がなった――今、振り返るとそんな確かな感覚がある。
そして、その芽吹きを加速させた合宿型の効果として実感したのが、やはり「余白の存在」、この一言に尽きる。
デザインされていない、何が起きてもいい時間と空間。それが余白だ。
ソファーでくつろぐ人、
部屋にこもる人、
台所でお茶を淹れる人。
この余白の空間で、たまたま同時に居合わせたときに交わす思いがけない言葉や、そこから盛り上がる話題がある。そうして見えてくる、その人そのもの。講座とは直接関係のない側面を意図せず知ることで、講座中に見えているその人の存在に、ぐっと奥行きが生まれる。
余白。
忙しいことを是とする今の世の中では、見つけるのが難しい要素になっているかもしれない。しかし、事前に耕された土壌があれば、ほんの少しの余白からでも、豊かな対話が自然と生まれ落ちるのだ。
肩書きを脱いだ、魂の「並列」
講座の提供者として、私が心の真ん中に置いていたのは「並列であること」だ。同じ土俵に乗っているという雰囲気。確かに私はトレーナーという立場にあり、価値あるものを提供するからこそ、参加者はそこに時間を割いてお金を払って集まっている。ただ、この関係性は、得てして上下関係を作りやすい。そしてこの上下関係は、依存を生みやすい構造でもある。依存によってその人の主体性が削がれてしまう可能性を、私は常に「もったいない」と思っている。
だから自分の中では、
「私はこの分野において、知識と経験値が少し人より多くあって、それを共有する役割の人」
という意図をはっきり持っていた。共有すること自体が私の役割なのだ、と。
そして、一人ひとりの存在そのものに、シンプルに敬意を払う。 私にとってはこれが、それぞれが可能性を生きるために、とても大切な姿勢だと感じている。
今回は、それを実践する最高の機会でもあった。20代から60代、出生地を合わせると、最低でも5カ国5文化(日本、ブラジル、インド、シンガポール、オーストラリア)の人たちが集まった。文化も専門も知識も多種多様。このトレーニングとして提供するものは私が持ち寄ったけれど、そこに集まった人たちの生き様からお互いが学んだことは、計り知れない。
これは、ポッシブルワールドのセッションで時折感じることでもある。 年齢や背景、職歴や学歴にはまったく関係なく、誰もがその場に提供できる何かを持っている。そういう意味で、本当に人は「並列」なのだと感じる。魂のレベルで考えるとわかりやすい。えらい魂とか、えらくない魂とか、そんな風に
人を見る人はあまりいないだろう。
魂は魂であり、それ以外の何物でもないのだから。



