こっちを向いてくれた日 ──ウメの物語──
- P-Lab. Admin
- 5月8日
- 読了時間: 2分
ぼくはそこにいた。
光のない場所ではなかったけれど、誰の目にも映らない気がした。
ぼくの姿は、声は、ここにはなかった。
あったのは、アバターの輪郭と、チャットのカーソルだけ。
みんなは楽しそうに話していた。
画面の向こうで、音が交差して、
言葉が跳ねて、笑い声が咲いていた。
ぼくの声は、そこに届かない。
文字を打つ。また打つ。
……送る。
けれど、誰も気づかない。
「経済を上げられるんですが……」
遅れて流れたぼくの声は、
もうその話題が終わった後の空気に、
そっと触れただけだった。
置いていかれる感じがした。
ぼくは、ここにいるのに。
役に立てるのに。
ひとつ息をついて、もう一度、キーを叩く。
「青い石を10こ、集めています……」
願いのように打った文字が、灰色の空間に吸い込まれていく。
──誰か、気づいて。
ほんの少しでいい。ぼくがここにいることを、
見つけて。
タイミングは、いつも合わなかった。
誰かの言葉に割って入ることも、流れに乗ることもできなかった。
それでも、ぼくは投げ続けた。
言葉という種を、光のない土に埋めるみたいに。
そして、ある時。
ひとつの声が、ぼくの言葉を読んだ。
「……あ、ウメ、青い石、集めてるって……」
その声は、まっすぐ届いたわけじゃなかった。
でも、確かに、ぼくの方を向いてくれた気がした。
ぼくは、そこにいた。
まだ透明だったけれど、
ほんの少し、世界に色がにじんだ気がした。
誰かが「テキストもいいよね」って言ってくれた。
それはただのひとことだった。
けれど、ぼくの中にあった「壁」みたいなものをそっと溶かした。
その時から、世界はちょっとだけ並列になった。
音で話す人と、文字で話す人が、
一緒の場所に座っている感じ。
ぼくは、誰かになにかをしてあげられたんだろうか。
正直、それはよくわからない。
けれど、あの日の世界は、
たしかに、少しだけやわらかくなっていた。
それだけで、十分だった。
声はなかったけれど、
ぼくもまた、ここで咲いていたのかもしれない。

これはウメの物語