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こっちを向いてくれた日 ──ウメの物語──

ぼくはそこにいた。

光のない場所ではなかったけれど、誰の目にも映らない気がした。


ぼくの姿は、声は、ここにはなかった。

あったのは、アバターの輪郭と、チャットのカーソルだけ。


みんなは楽しそうに話していた。

画面の向こうで、音が交差して、

言葉が跳ねて、笑い声が咲いていた。


ぼくの声は、そこに届かない。

文字を打つ。また打つ。

……送る。

けれど、誰も気づかない。


「経済を上げられるんですが……」


遅れて流れたぼくの声は、

もうその話題が終わった後の空気に、

そっと触れただけだった。


置いていかれる感じがした。

ぼくは、ここにいるのに。

役に立てるのに。


ひとつ息をついて、もう一度、キーを叩く。

「青い石を10こ、集めています……」

願いのように打った文字が、灰色の空間に吸い込まれていく。


──誰か、気づいて。


ほんの少しでいい。ぼくがここにいることを、

見つけて。


タイミングは、いつも合わなかった。


誰かの言葉に割って入ることも、流れに乗ることもできなかった。


それでも、ぼくは投げ続けた。

言葉という種を、光のない土に埋めるみたいに。


そして、ある時。

ひとつの声が、ぼくの言葉を読んだ。


「……あ、ウメ、青い石、集めてるって……」


その声は、まっすぐ届いたわけじゃなかった。

でも、確かに、ぼくの方を向いてくれた気がした。


ぼくは、そこにいた。

まだ透明だったけれど、

ほんの少し、世界に色がにじんだ気がした。


誰かが「テキストもいいよね」って言ってくれた。

それはただのひとことだった。

けれど、ぼくの中にあった「壁」みたいなものをそっと溶かした。


その時から、世界はちょっとだけ並列になった。

音で話す人と、文字で話す人が、

一緒の場所に座っている感じ。


ぼくは、誰かになにかをしてあげられたんだろうか。

正直、それはよくわからない。


けれど、あの日の世界は、

たしかに、少しだけやわらかくなっていた。

それだけで、十分だった。


声はなかったけれど、

ぼくもまた、ここで咲いていたのかもしれない。


こっちを向いてくれた日
こっちを向いてくれた日


これはウメの物語

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