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思考の枠を手放し、オファーとレシーブの世界へ:ポッシブルワールドが映し出した私たちの可能性(前編)

  • 7月21日
  • 読了時間: 6分

更新日:1 日前

とある土曜日。私は午前中に日本語で、そして午後は英語で、ポッシブルワールドのセッションを続けて実施した。


両セッションとも、たまたまご縁をいただいた方々の


「体験してみたい!」


という純粋な気持ちから日程が決まり、声掛けをして人が集まり、自然な流れで実施へと至った。


これまでは「月に一回」と、こちらの都合で一方的に実施計画を立てていたが、今年に入ってから、いろいろな出会いとマナビがあり、自分と世界のつながりや全体性(Wholeness)に意識を置くようになってから、まずご縁とその方の「やりたい」を尊重することから始めている。世界の声を聴き、誰かの想いをそっとサポートする意図で場をひらく。これが今の私の「イマ・ココ」であり、自然の流れに沿ったあり方だと感じている。


今回のセッションを通じて、私たちが改めて向き合うことになったのは、自分自身を縛る「思考の枠」の存在だった。


白背景のスライドに「今日の体験」と緑の見出し文。中央の青枠四角と複数の色円が曲線でつながる、抽象的で前向きな図。


私たちは誰しも、人生のある時期、自分を守るために「思考の枠」を作り上げる。それを悪者にするつもりはない。ただ、その硬直した枠が、無意識のうちに他の可能性に出会うチャンスを奪い、私たちを身動きできなくさせていることがある。 


その「枠」について講義で「学ぶ」のではなく、シミュレーションを通じた実体験、立ち止まっての振り返り、対話による言語化、そして想いの分かち合いというプロセスを通して、それぞれが自ら気づき(Kizuki)、腹落ち(Haraochi)していく。


言語や文化、背景や年代が違う人々が集まった日本語と英語のそれぞれのセッション。しかし、そこから見えてきた本質は驚くほど共通していた。


私たちはつい「ギブ&テイク」の世界に生きている。


何かをもらったら、何かを返さなければならない。

見返りがないと、欲しいと言えない。


けれど、一歩その枠を外してみたとき、

そこには「オファー&レシーブ」という全く違う世界が広がっていた。


オファーできるものを、ただオファーする。

いただく機会に恵まれたから、ただ、いただく。


そのアクションが起きた瞬間に、心が温かくなるという「ギフト」が同時に発生する。


できる人が、できるときに、できることをする。


その連続と同時多発が、きっと世界をもっと優しい場所へとシフトさせていく。




誰かの言葉が一人の意識を動かし、意識が選択を左右し、アクションが決まる。

そのアクションの総合的な結果の蓄積が、今この目の前に広がる世界の状態なのだ。





この日、日本語と英語のそれぞれの場で、参加者の皆さんの心にどんな波が立ち、どんな生々しいドラマや気づきが生まれたのか。その詳細を、日本語セッションの模様からお届けしたい。




【前編】日本語セッション編:思考の枠をほどき、放課後まで続いた調和


朝の光の中で始まった日本語のポッシブルワールド・セッション:サバンナの世界。そこには、机上の学びだけでは決して得られない、生身の感情と美しいドラマが広がっていた。


主催者の「枠」の崩壊と、見学者が授けてくれた「神の視点」


このセッションについては、まず初っ端から、私自身のなかにある「思考の枠」に気づかされた。「PC環境があることが参加条件」。無意識のうちに設定していたその条件が、参加の可能性を狭めていた。しかし、PCの操作が難しい方や移動中の方を「見学者」として迎え入れたとき、そこには思いがけない豊かさが生まれていた。


プレイヤーとして目の前のタスクや焦りに没頭する人々を、一歩引いた「空高く」から見守る見学者たち。彼女たちは、ゲームの渦中にいると見えなくなってしまう大切な真実をそっと教えてくれた。


「もっとみんな、ただ楽しんだらええねん」


また、最初から「自分にはできない」と心のシャッターを下ろしかけていた参加者も、誰も責めることなく自分を尊重してくれる仲間の存在を通して、「やる前から諦める」という自身のパラダイム(枠)に気づくことができた。外側から世界を見つめる視点が、内側の硬直した心をそっと解きほぐしていったのだ。


「無条件の厚意」に対する気持ち悪さと、恩送り


初めての参加者が多く、ゲームの進め方に戸惑う声があちこちで上がった。何もできずに焦る参加者に対し、余剰な資金を持っていた人が無条件でお金を差し出したとき、受け取った側から「気持ち悪い」という強い違和感が漏れた。


「お金は、何かをした対価としていただくべきもの」


私たちの中に深く根を張るその交換条件的な思い込みが、無条件の愛や厚意を素直に受け取ることを難しくしている。


しかし、目に見えるもののやり取りの下には、「本当は人の役に立ちたい、何かをしたい」という願いがあることに気づいたところから、不要なリソースを必要な誰かへとそっと差し出す「循環」が生まれ始める。厚意をありがたく受け取る許可を自分に与えられたとき、そこに生まれた温かな気持ちは、やがて他の誰かへと手渡されていく(恩送り)。この日、日本語のセッションでは、その「オファー&レシーブ」の萌芽があちこちで見られた。


放課後の奇跡:すべてが調和した世界へ


セッションの正規の時間が終了したあとも、サバンナの世界では「放課後」のように残り続け、自発的に小さなアクションや対話を重ねる人たちの姿があった。


最初は戸惑いや焦りに満ちていた世界が、終わり際に向けたその静かな余白の時間のなかで、見事に形を変えていった。


最終的にこのサバンナ世界が叩き出したメーターは、


経済「10」、環境「11」、社会「10」





白い画面に「世界の状況メーター」とあり、青い建物10個、緑の木11本、黄の人型10体が並ぶ。右上に0:00とスタート、サバンナ表示


持続可能な都市・自然・社会のコラージュ。経済-インクルーシブ、環境-豊か、社会-調和と発展の見出し付き。


特定の数値だけが突出するのではなく、


包括的な経済の成長、

豊かな自然環境の再生、

そして誰もが学びの機会を得られる調和に満ちた社会が、


美しく並び立ったのだ。


誰かに言われたからではなく、自分たちの意志と対話によって、世界はここまで優しく、豊かに育つことができる。


「社会を回すことも大事だけど、自分を満たすことも大事なんだ」


「お金は使ったらなくなるんじゃなくて、社会の中で循環していくものなんだって目に見えてわかった」


一人ひとりが手探りで自分の「思考の枠」を眺め、互いの願いを分かち合ったその足跡は、そのまま現実世界をより優しい場所へとシフトさせる確かな手応えとなっていた。


だが、忘れてはならないのは、「バランスが綺麗に取れた」という結果が正解なのではない、ということだ。正解の型に当てはめて得られたバランスではなく、一人ひとりの内側にある美しさや純粋な願いから求められたバランスこそが、世界に真のインパクトをもたらすのだから。


では、国境や言語を越え、不確実なタイマーのなかで「英語のセッション」に参加したメンバーたちは、いったいどのような内面のドラマを体験し、世界をどう動かしたのだろうか。


続いてお届けする【後編】では、富の偏りと、彼らが見出した「グリーン・スノーボール」の軌跡を追っていきたい。 


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ポッシブルワールドを体験

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