自分のブレーキに気づき、緩めてみる ― 2030SDGsゲームの「その先」を見つめるポッシブルワールド体験とは

はじめに
2030SDGsゲームを体験したことのある方も、まだ出会っていない方も。ここでは、あの体験の「その先」にある可能性について少し書いてみようと思います。
P-Labが目指しているのは、世界に「自分の唯一無二の可能性を生きる」人がもっと増えること。私たちが届けているポッシブルワールドは、そのための体験の場です。
ポッシブルワールドは、イマココラボの2030SDGsゲームのゲームデザインを原型として生まれました。世界の状況を経済・環境・社会の3つのメーターで見ながら、それぞれのゴールを持つ参加者が自ら選択し、行動を起こし、関わり合って世界をつくっていく。この骨格は、2030SDGsゲームから受け継いでいます。
そのうえで、ポッシブルワールドが焦点を当てているのは、私たち一人ひとりの「マインドセット」つまり意識です。自分のブレーキや枠に気づき、それを緩めてみる。そこから見えてくる可能性を、体で感じる。
では、ポッシブルワールド体験とは、いったいどんなものなのか。この夏から秋にかけての対面セッションを含め、これまで重ねてきた体験をもとに、お伝えします。
ポッシブルワールド体験とは ― 仮想の世界で、本物の自分に出会う
実は、ポッシブルワールドの目的は、SDGsの知識を得ることでも、国連の活動を学ぶことでもありません。
この体験は仮想の世界、つまりシミュレーションです。それでも、そこで動いているのは本物の自分の体と頭、そして感情です。仮想の世界で自分のゴールを追い、他の人と関わり、世界の状況が変わっていくのを見る。その過程で、面白いくらい、私たちは日常と同じ反応を、ほとんど無意識にしています。
手が止まる。
様子を見て立ちすくむ。
言いたいことを飲み込む。
目の前の目標に集中しすぎて、周りが見えなくなる。
ポッシブルワールドは、それを安全な場所で体験させてくれる、そんな場です。
そして、ブレーキや枠に気づいたあと、それを少し緩めてみる。そのとき何が見えてくるかを、頭ではなく体で確かめる。そこに現れた可能性が、肚に落ちる。これが、この体験のいちばん大切な部分です。
つまり、この体験は、SDGsという題材に閉じていないのです。リーダーシップ、チーム、組織、そしてさまざまな人生に開かれた体験です。
ブレーキに気づく
「枠」は、自分を守るためにつくったもの
私たちは、自分を守るために、無意識に枠をつくります。
失敗しないため、
傷つかないため、
迷惑をかけないため。
そう、枠には、ちゃんと意味があります。けれど、その枠が、ときどき可能性を狭めてしまうことも事実です。
以前の日本語セッションで、「PC環境がある人だけが参加できる」という参加条件そのものが、実は一つの枠だったことに、参加者が気づく場面がありました(前編)。これがまさに、当たり前だと思っていた前提が、自分たちが置いた枠だったと気づく瞬間です。そして、外から場を見ていた見学者の「俯瞰した視点」が、内側にいる人には見えていなかったものを映し出しました。枠というものは、中にいる時は、なかなか見えてこないものなのです。だからこそ、自分ごととして体験して初めて見えてきます。
心の癖は、世界の姿になって現れる
ある英語セッション(後編)では、シンガポール、ブルネイ、台湾、オーストラリア、日本の5か国をつなぎました。「いつ終わるかわからない」という不確実なルールの中で、参加者は自分の心の癖に直面します。
目の前の目標に過集中する人。
様子を見て立ちすくむ人。
その結果、経済だけが極端に成長し、環境と社会が取り残される「富の偏り」が、現実さながらに生まれました。
自分の心の癖が、そのまま世界の姿になって目の前に現れる。この体験は強烈です。
緩めてみる
言葉が意識を動かし、世界が動き出す
同じセッションで、対話を通じて「グリーン・スノーボール(緑の雪だるま式の影響)を起こそう」という言葉が生まれました。誰かが言葉にすることで、世界が動き出したのです。言葉がその場にいる人たちの意識に働きかけ、続くラウンドでは環境メーターが目に見えて改善しました。ゲームの中で体験した「意識と言葉が世界を変える」。これは、ゲームの外、つまり現実世界でも十分力になる「気づき」です。
ギブ&テイクからオファー&レシーブへ
枠が緩むと、関係性の質が変わります。日本語セッションで、見返りを求めるギブ&テイクの世界から、無条件の厚意を循環させるオファー&レシーブの世界への転換が起こったことがありました。最初は、無条件の厚意に違和感を覚える参加者もいました。けれど、対話を通じてリソースを分かち合ううちに、経済・環境・社会のすべての指標が調和した世界そのものが「みんなのものだ」という方向に意識が変容したのです。
正解の型に自分を当てはめるのではなく、一人ひとりの内側にある純粋な願いから生まれるバランスが、世界に真のインパクトをもたらす。私たちはそう感じています。
現実の仕事や組織でも、「こういうものだから仕方がない」と思っているルールはありませんか? でもそれは実は書き換えられるものかもしれません。ポッシブルワールドでは、「今あるルールは、自分たちがつくった前提にすぎない」という感覚が起こることがあります。「ルールの書き換え」が人を巻き込むという視点も、この体験から生まれるのです。
ブレーキを外すのではなく、余白をひらく
「枠を緩める」とは、ブレーキがなくなればいい、という単純な話ではありません。私たちが大切にしたいのは、「余白」です。
効率や結果が求められる現代では、パズルのピースのように隙間なくタスクを割り当てがちです。でも、役割を明確にしすぎた「分担」は、ときに人の「分断」を生みます。これは、電波の届かない自然の中で過ごした家族キャンプでの、私自身の体験とも重なります。役割を明確に定義しない「未定義」の空間から、一人ひとりが全体を見て、自発的に手を差し伸べる有機的な動きが生まれたのです(白と黒のあいだ。余白。)。
ポッシブルワールドの場でも、日本で暗黙知として知られる「余白」と、低コンテクストな論理の明確さが出会うと、豊かな時空が広がることをこれまでも見てきました。対話に「間」を招くことは、グローバルな共創の強力なシナジーにもなり得るのです(余白x論理 = グローバル・シナジー)。
リアルの場で見えたこと
この夏から秋にかけて、リアルカードを使った対面のポッシブルワールドを開催しました。東京・府中(レポート)、大阪(レポート)、東京・蒲田(レポート)、そして、プライベートで集まった伊豆の場です。同じ空間に集まると、ブレーキや枠は、その場の空気として立ち上がります。ここで見えてきたことを、3つ挙げます。
気づいたからといって、自動的に変われるわけではない。 振り返りを経て次のラウンドに進んでも、また同じような世界になることがある。個人のゴールを達成する人は増えたのに、世界全体は思い描いた通りには変わらない。こうした「もやもや」を体験できたこと自体が、貴重な気づきになりました(詳細の言及は避けますが、実はこれ、そもそものゲームのデザインにも関係しています)。
世界の数字が良くなることと、みんなが豊かだと感じることは、同じではない。 すべてのメーターが豊かな状態になった世界にも、置き去りになったと感じた人、声が届かなかったと感じた人がいました。「声の大きな方へ、人が流れる」という気づきも生まれました。SDGsの指標にも通じる問いです。
世界の可能性は、その場の人と、人と人との関わり方で変わる。 使うカードもルールも同じなのに、ホストが場を参加者に預けた途端、参加者の中で静かにスイッチが入ることがあります。「この世界は、自分たち次第」。有限の条件から、無限の可能性が生まれる瞬間です。
日常に持ち帰る ― 「できない」から「どうすればできるか」へ
ゲームで体験した枠の緩みは、日常につながって初めて、自分の力になります。「自分の唯一無二の可能性を生きる」とは、そう大袈裟なことではなく、日々の選択の中で、この緩みを起こしていくことだと思っています。
私自身の経験を一つ。免許を取ったばかりの17歳の娘が、「家から50キロ離れた自然公園まで、一人で運転して行きたい」と言ってきました。親としては不安で、つい「危ないからダメ」と言いたくなります。でも、それは彼女の可能性の芽を摘むことにもなりかねません。交渉が行き詰まったとき、私たちは「自分の意見を通すこと」を手放し、「行くことを目標に、両方の想いをケアするにはどうすればいい?」と問いかけて、沈黙の中で彼女自身の気づきを待ちました。そこから、お互いの意図が肚に落ちる対話が生まれました(記事)。
「できない」から「どうすればできるか」へ。ジャッジを手放し、想いを分かち合う。ポッシブルワールドで体験した枠の緩みは、家庭でも、職場でも、同じように起こせます。
薄れても、また戻ってくる ― 何度でも体験する意味
たとえ体験のときに「気づき」があっても、「肚に落ちても」、日常の喧騒の中で生きていると、それは少しずつ薄れてしまうことがあります。
だから、そんなときは、ぜひまた、このシミュレーションをしに来てください。
そして、来るたびに、きっと気づきは違います。なぜなら、
世界を一緒につくる人たちが違うから。そして、
そのときの自分の意識や状態も、違うから。
同じカード、同じルールでも、毎回、違うものが見えてきます。
だからP-Labでは、気軽に集まって体験できるオンライン版を活用していきたいと思っています。もちろん、対面で実際に会ったときの温度感や質感は、それはそれでこれからも変わらず大切にしていきたい。オンラインと対面、それぞれの良さを最大限に活かしながら、何度でも戻ってこられる場をひらいていきます。
場をひらく人の枠 ― ホストという在り方
場をつくる側にも、枠があります。
全員に満足して帰ってほしい、
混乱を残したくない、
うまく導かなければ。
その願いは、ときに自分のエゴでもあります。私自身、限られた時間の中で、混乱を抱えたまま帰った参加者に自責の念に駆られたことがあります(それも、正直に言うと一度や二度ではないです)。けれど、参加者は私の心配をよそに、混沌の中から自分の気づきをつかんでいました(不完全さの賛美)。
オーストラリアと日本の高校生25名とのワークショップでは、その変化がはっきり見えました(観察・分析詳細レポート)。最初は複雑な世界を前に無力感を抱き、声を上げることも少なかった生徒たち。場をひらく人が介入を手放し、「ホスト」として余白をホールドしたとき、彼らの内側で静かな変化が始まりました。自分たちの枠を緩め、世界の調和を取り戻していった過程は、「どんな世界も、私たちのマインドセットと行動次第である」ということを教えてくれました。
ポッシブルワールドでは、場をひらく人を「ホスト」と呼んでいます。進行を担い想定した結果に誘導するのではなく、余白を守り、その生きた場を参加者に預ける人。ホスト自身が自分の枠を緩めることが、参加者の枠が緩む場をつくります。
私たちホスト・ファシリテーターも、一人の人間として、日々気づきがあり、成長しています。だから、ポッシブルワールドの体験も、その場をホールドする人と共に、進化し続けるのです。
2030SDGsゲームのファシリテーターの方へ
2030SDGsゲームのファシリテーターの皆さんは、世界のしくみを体験として伝える力と、場を動かす経験をすでにお持ちです。大阪のセッションにも、ファシリテーターの方が参加してくださいました。
そんな皆さんに、ポッシブルワールドを、まず「参加者として」体験してほしいと思っています。同じ骨格のゲームなのに、焦点が「マインドセット」に移るだけで、見える景色が広がることを実感できると思います。そしてファシリテーターとして場に立つときとは違う、自分自身の枠に、きっと出会えます。
もちろん、対面の場だけでなく、オンラインの可能性も探求したい、と思われたら、ポッシブルワールドのホストという関わり方もあります(ゲームホスト倶楽部)。
この体験が使える場面
ポッシブルワールドは、次のような場面に活かせます。
リーダーシップ研修:正解のない状況で、自分はどう選び、どう関わるのか
チームビルディング:役割や立場を超えて、全体を見て動く力
マインドセットシフト・意識の変容プログラム:自分の枠に気づき、緩める体験
サステナビリティマインドセットの醸成:知識ではなく、自分ごととして肚に落ちる実感
自分ごと化のプログラム:世界の状況と自分の行動のつながりを体感する
「その先」へ
ポッシブルワールド体験とは、仮想の世界で、自分のブレーキや枠に気づき、緩めてみて、
「ああ、この世界は、自分たち次第だ」
と肚に落ちる体験です。そこから、リーダーシップにも、チームにも、組織にも、人生にも、可能性が広がっていきます。
P-Labが願っているのは、この体験を通して、世界に「自分の唯一無二の可能性を生きる」人が、一人、また一人と増えていくこと。一人ひとりのマインドセットのシフトが、世界の変容に、ついには世界平和につながっていくと信じています。
2030SDGsゲームを体験した方は、あのゲームで感じた「もやもや」や、手が止まった瞬間を、もう一度思い出してみてください。そこに、あなたの枠があるかもしれません。まだ体験したことのない方は、自分ならどこで手が止まるだろう、と想像してみてください。
ポッシブルワールドは、その「先」を体験する場です。よければ、一度遊びに来てください。
そして、日常の中で薄れてきたと感じたら、何度でも。
ポッシブルワールドのセッションはこちらからご確認いただけます。




